プラス思考和歌山で培う(2008年10月20日 読売新聞)
Vリーグ・東レ主将芝田安希さん御坊市出身
父親が漁師で、家も海のすぐそば。友達と磯で貝を取って湯がいて食べたり、近くの山を探検したり。好奇心旺盛で、山に登ったものの、帰れなくなったこともありました。自分で限界を決めず、上を向いて進もうというプラス思考は、子どものころの体験が原点と思います。
バレーボールは、小学4年から始めました。学校の帰り、少し開いていた体育館のドアから見ると、楽しそうだった。でも、入部と同時に監督が代わり、厳しい練習でした。中学では、別のクラブを考えたのですが、先輩のお母さんが「もったいない」と家に来てくれたと聞き、続けることにしました。
中学3年のとき、全国都道府県対抗大会の県選抜チームに選ばれました。身長が高くて運動神経もあり、それまでは「自分が一番」と思っていたところもあったんです。でも、全国大会ではもっと上手な選手がいた。レベルの高いところで自分を磨きたいと思うようになりました。
あこがれていたのは、佐伯美香選手。佐伯選手の母校の京都成安女子高の監督から声をかけてもらい、夢がかないました。家を出ての寮生活だったんですが、不安はなく、希望や夢でいっぱい。両親も、快く送り出してくれました。高校卒業後、ユニチカに入り、廃部も経験しました。でも、「バレーはできるはず」と信じていた。いつでもプラス思考だったんです。
実家には、年に2、3回帰ります。お父さんが取った新鮮な魚を食べるのが楽しみ。時間がゆっくりしていて、いつもと進み方が違う。でも、5日以上続くと、焦ってくる。「こんなにゆっくりでいいの」って。近所の人も「頑張ってね」「応援してるよ」と言ってくれ、ありがたいです。
落ち込んだときは、5歳のめいに電話をします。「今度、折り紙で金メダル作ってあげる」なんて言われると、頑張ろうって思える。今シーズン、家族や親類が横断幕を作ってくれ、会場に掲げられます。大漁旗をイメージして、荒波とタイ、私の名前が入っています。一層強い気持ちで試合に臨めます。
私は飛び抜けたものは持っていないので、気持ちで負けたくないんです。いつかは、小中学生のバレーの指導者になりたい。和歌山のみなさんに元気を分けられたら、感謝の気持ちを伝えられたらと思います。